楝蛙『湯気のゆくえ』[快楽天 2021.04] 銭湯という舞台がうまく活用されている
感想の書き方を模索中。
今回は各要素を細分化して書いてみます。
感想にはネタバレを含みます。
総評
家業(銭湯経営)の手伝いで友人とも満足に遊べない黒沢(男)と、ハーフ+転校生+美少女で高嶺の花になってしまっていたエマ(女)。
クラスメイト達が知らない関係が銭湯という場を接点にして描かれる。
銭湯にも関わらず浴場、脱衣所の描写が無いのは珍しいと感じた。
ボイラー室がプレイルーム。暑さ、密室、日常から半歩はみ出た裏側の空間と、雰囲気を出す要素が揃っており、良い場所があるなぁと感心した。
物語が始まってから恋愛がスタートし、最後は予感と共に終わる。
何故黒沢がエマを好きになったか、エマがどのタイミングで黒沢を意識したか等、作品の細部にまで気が利いた演出が行き渡っている。
職業
黒沢(男):風呂屋の息子
高校生。風呂屋の息子で学校から帰ると銭湯業を手伝っている。
家の手伝いをしないといけないので、授業が終わるとすぐに帰宅する必要があり、人間関係を深める手段が一般高校生よりも少ない。
放課後の交流ができないため、エマと接点を作ることに対しては諦め状態。
物語開始時点では惚れるまではいっておらず、物語の中で好感度を上げていく。
銭湯の手伝いというのは仕事ではあるが、家業というところでプライベートでもある。
他の同級生とは確実に違う時間を歩むことで、エマに接近できている重要な要素になる。
エマ(女):ハーフの転校生
帰国子女と噂のハーフ。
近所の銭湯に興味があって行ってみたら黒沢と出会う。
実際は帰国子女ではなく日本育ち。
ここが終盤の展開のアクセントになっていると思う。
『銭湯に行く』という行為は日本文化への執着という解釈ができる。裸の付き合いができる空間では表面以上の関係が生まれそうな予感がある。
ハーフという設定は、日本=故郷への執着という想いを強調している。そこに『転校生』を加え、高嶺の花、周囲から少し浮く印象を作っている。
動機
黒沢の動機
銭湯でエマと出会うまでは特に強い好意は無し。
銭湯にエマが来たことによって接点が生まれ好意を寄せ始める。
エマが銭湯に来た際に照れ隠しで失言をしてしまったことを謝罪する。
謝罪の際のやり取りがエマの好意へと繋がっていく。
エマの動機
銭湯に来たのは偶然。
黒沢が謝罪の際にポイントカードを貰う。一人になったときにポイントカードを見つめる描写があるため、ここがおそらくきっかけ。
舞台
舞台の銭湯で使われた場所が
- 番台…出会い、交流の場
- 店の裏…花火大会に行けなかった代わりに花火をすることになるささやかな場
- ボイラー室…完全にプライベートになれる空間
浴場、脱衣所を利用していない。
あくまで男側の視点でリアリティを持って描いているため、メインのシーンまでは裸描写無し。黒沢と同じ時間を読者に感じてもらうための配慮か。
ドキドキさせるシーンはあるので、内圧は高まる。
ボイラー室をプレイルームにしているという点が大変良かった。
- 二人きりになれる(多分)
- 暑くてムラムラする
- 壁の向こうには普通に人が生活している
普段銭湯で利用する空間の裏側というのが想像をかきたてられる。
キーアイテム
ポイントカード
本作のキーアイテム。
ポイントカードを渡すという行為が『関係の進行』を望む男の想いを表しており、女はその想いを受け取り、銭湯に通うことになる。
物語は帰国した女が銭湯に訪れ、ポイントカードを渡すところで終わる。
ポイントの状況は、あと3回で埋まるところ。ここがゴールではないということを示唆しているのだろう。
漫画の内容の先にゴールがあることをポイントカードというアイテムを使い表現している。
入浴料金
些細な表現ではあるが、物語冒頭では450円だったものが、最終ページでは470円に変化している。
現実でも東京の銭湯で同様の価格変化が起きている。
消費増税に伴った値上げが2019年10月1日に行われたようだ。
キャラクターの肉体の変化だけではなく、実際に時間に伴って変化したものを時間表現として組み込むことでリアリティを積み上げている。
感想
話としては転校前に最初で最後の…系で王道ではありますが、設定を存分に活かしたリアリティのある内容で、グッときました。
文章でまとめるために読み込むとまた新たな発見が出てきて驚きました。
プライベートな空間を二人で過ごす緊張感が感じられる作品でした。